第19話「スピリットファミリー」

 

次の日、彼はブッシュへ行こうと言った。明日のセレモニーにイダキがいるとの事だ。ブッシュに入る事数時間、しきりにユーカリの木を叩いては耳を木に付け音を聞いている。アリがちゃんと中を食い抜いているかどうかを確かめているのだった。イダキは自然の産物なのだ。ブッシュ特有のアリが、ユーカリの木の真ん中にある栄養分(アリの大好物らしい)をきれいに食いつくすのだ。食いつくされたユーカリは、木の真ん中に空洞の部分ができるので、叩くと音が反響するようになる。その反響具合で、その木がどのような状態なのか解るのである。

ようやく一本のユーカリの木を見つけ、切り倒した。中は最高の抜け具合だった。「マニマック!」と切り倒したユーカリの木を手に取り声を上げた。この木を切る時の、刃の入れ方にも色々掟がある。最初に刃を入れる時に、まず空を見上げ、雲の動きを読み、風を感じ、雨が来たるであろう方角から切目をいれる。これは一体何の為か分かりますか?もしその切目をいれた木が、まだイダキに不十分な抜け具合だったとしても、もしこの方法で切目を入れていれば、その場所に雨、風が当たり、そこから又新芽が芽生えてくるのである。僕はこの数千年受け継がれているヨルングのイダキ製作過程に、今で言うリサイクル的発想の原点を見た。言わば、アリに食われて魂を失った木に、再びイダキとして魂を吹き込み再生させるのである。本人達はそんなリサイクルという事など意識した事ないであろうが。

以前ダーウィンのディジュリドゥ屋で働いていた時に、数人のバランダディジュリドゥシェーパーの人達とブッシュに木を切りに行った事があった。その時のやり方はというと、バッタバッタと木を切り倒し、10本切って1本いいのがあればラッキーという感じだった。こんなやり方で木を切っていくと、そのうちブッシュもユーカリの木も無くなってしまうのではないかと不安を憶えたのを憶えている。このダーウィンでの経験があったから、なおさらヨルングウェイのイダキ作りの良さが心に伝わってきた。本当に必要な分だけ取る。これは現代の衣食住にも言える事だ。「さぁ帰ろうと」目印もないブッシュの中を迷う事なく歩いて帰ったのだった。ヨルングの人々の方向感覚、土地感の鋭さにはいつも感心させられた。日々多くの事を学ばしてもらい、なんて充実した時間を過ごさしてもらっているのだろうと感動の日々だった。ある日、僕がヨルングの一族にアダプトされるようになった事を、ミニヤッパが知らせにやってきた。スピリットファミリーというシステムらしい。どうやら正式に家族の一員として認められたようだ。僕の知らない間にそういう話し合いがもたれていたようだ。その場で、誰が兄弟分、親分、いとこ分など紹介を受ける。ヨルングのファミリーシステムは、日本のそれとは違いかなり複雑であった。この時ばかりは自分の語学力のなさが腹立たしかった

 

 

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